一般に、よく使用される材質というと、
鉄とステンレスとアルミです。
よく、これらは、どう違うのかという質問を受ける事があります。
アルミは、軽くて軟らかくて、1円玉の素材なので解り易いですね。
しかし、鉄とステンレスは解りにくいので、
プロでも見ただけでは解りません。
両者は、強度が違うという事にもなりますが、
鉄という枠内に合金鋼まで含めて良いのであれば、
マルエージング鋼のように0.2%耐力が2,000N/mm2に迫るものもありますし、
ステンレスでも600番台のような析出硬化系ステンレス鋼は1,500N/mm2以上の
0.2%耐力を持つものもあります。
よってステンレスか鉄かという分類だけで強度を比較することはできません。
もっと正確にいうと、鉄や鉄系合金の強度はあくまで熱処理で決まります。
アルミだって硬さだけだったら、
超超ジュラルミンと言って普通の鉄よりも硬いものまで存在します。
しかし、素人さんにしてみれば、もう、こうなると何が何だか解るはずもありません。
筆者は、物事が解っている人は、解っているだけではダメだと思います。
どんな説明の仕方をすれば、素人に解ってもらえるのかを考え、
知恵を出す事が出来て初めて、本当に解っていると言えるのだと思います。
筆者は、昔、偉い先生から、
“生まれつき目の見えない人に、ゾウさんがどういった生き物なのか説明する方法を考えてみなさい”
と言われた事があります。
“百聞は一見に如かずと言いますから、触らせる事が出来ればいいですね。
ぬいぐるみでも触らせれば良いのでは?”
と申し上げたところ、
“何処を触らせるの?”
と聞き返されました。
“君の言うように手で触らせると、こうなるよ
・ 鼻 を触らせると 蛇 みたいなものだと思う
・ 足 を触らせれば 柱 みたいなものだと思う
・ 耳 を触らせれば 団扇 みたいにヒラヒラしたものだと思う
・ しっぽ を触らせれば ヒモ みたいなものだと思う
でも、これ全部違うよね?”
“では、どのように説明すれば良いのでしょうか?”
と聞き返したところ。
“デカイ! ただ、それだけでいい”
と言われた事があります。
このやり取りを思い出した筆者は、上の質問に対して、このように説明しました。
1円玉はアルミです。
10円玉は銅 ( 本当は銅と錫(すず)の合金 )
100円玉は、ステンレスに凄く似てるけど実は違っていて、
家の流し台がステンレス、そして、鉄は、錆びる包丁や鉄鍋。刀も鉄です。
素人の方が求める答えは、こんなところであるはずですし、知ってる事と結び付ける事が概ね理解するという事であるはず。
“やっぱり鉄とステンレスの違いが解りにく〜い”
と言われたので、
“鉄は舐めると鉄の味がするけどステンレスは何の味もしません!”
と答えたのでした。
だって、像さんはデカイんだもんね。
上記は、例えば主婦の方などに説明する場合の説明例です。
硬さや耐久性などは、“ コインなどから推測してくれ ” という事です。
ですが、ビジネスマンなど、もう少し掘り下げて知っておかないと、いけない人達も多くおられます。
例えば、新入社員などに説明する場合は、上記に加えて
下記のような説明がお勧めです。
アルミ、鉄、銅、ステンレスは “ ものづくり ” で頻繁に使われる金属です。
これらは熱処理や合金 ( 他の元素を混ぜ合わせた場合 ) に様々なパターンがあって、
硬さも見た目も “ 何でもあり ” の状態、つまり例外だらけです。
そんな中で、
頻繁に使われる、
鉄板
や
アルミ板
や
銅板
や
ステンレス
鋼板
に
限定すれば、一定の特徴を述べる事が出来ます。
まず、見た目は上記のコインの説明でよろしいかと思います。 しかし、問題は硬さです。
金型屋
さんに話を聞くと、彼らは、下記のように答えます。
“鉄を中心として、アルミは鉄の1/3の力で加工できます。”
“ステンレスは鉄の2倍、銅は半分と考えています。”
もちろん加工が複雑になれば、こう単純には行かないという事もあります。
でも、金型屋さんは、大まかには上記のように覚えていて、
これらの合金などの場合(正確にはステンレスは鉄の合金)は、別途調べるのだそうです。
但し、変形させる場合と、変形させない場合で話が違うのが、
特に鉄とスレンレスです。
両社は、変形しない範囲においては大きな違いはありません。
ですが、ひとたび変形し始めると、ステンレスを変形させるには、鉄よりも大きな力が必要になる。
そこで、金型屋さんは、ステンレスは鉄の2倍だと覚えていますが、設計者は同じだと覚えています。
ここでは、素人向けの説明を述べてきましたが、
技術者の方の場合は、こういった説明では不足。 もっと掘り下げて勉強される必要があります。
一般の皆さんは “ 鉄のように硬い ” “ 豆腐のように柔らかい ” などと表現される場合が多いわけですが、
硬さというのにも色々あります。
力学というのは、つまるところ硬さの工学です。
皆さんが日頃口にする “ 硬さ ” を、もう少し具体的に言えば下記のように色々と分類出来ます。
○ 引っ張った時、どの程度伸びるのか (引張り)
○ ねじった時に、どの程度、ねじれるのか (捩り)
○ 潰そうとした時に、どの程度つぶれるのか (座屈)
○ 曲げようとした時に、どの程度の角度まで曲がるのか (曲げ)
○ 何かをぶつけた時に、どの程度で割れるのか (衝撃)
○ 何かを押しつけた時、どの程度食い込むのか (表面硬度)
○ 何かをぶつけた時に、どの程度跳ね返るのか (反発)
○ その他
これらの中で、最も重要なのは “ 引っ張った時 ” です。
何故ならば、引っ張った時のデータがあれば、
幾何的に他の結果も計算する事が可能だからです。
でも、この時点では理論ではありません。 あくまで力の要素を加えた、
幾何
であり、サイン・コサインやピタゴラスの定理を複雑にした程度の難しさです。
ここでは、個々の式や考え方は述べませんが、
単純であるが故に、モデリングの選択をミスしない限りシミュレーションは、正確に当たります。
逆に、それ以外の変形データから “ 引っ張った時 ” を類推する事は、非常に困難でもあります。
でも “ 引っ張った時 ” と一言で言っても、
力を加えてゆくと、常に、力に比例して変形するわけではありません。
最初は比例します。 この時の硬さを“ヤング率”と言います。
それが、ある力の大きさになると、比例しなくなります。
その力の大きさを “ 降伏点 ” と言います。
そこから変形(伸び)が始まるのですが、ここから力と変形は比例しません。
曲線(べき乗式)になりますので、これを数式に近似し指数を求めます。
この指数を“加工硬化指数”と呼びます。
そして、その後、材料は破断しますが、破断時の力は、
それ以前に破壊が進んでいますのであまり重要では無く、
最大の力を“引張り強さ”と言います。
何が言いたいのかと言いますと、
皆さんが “ 硬さ ” と言っておられる内容は、
金属の場合
“
ヤング率
” “
降伏点
” “
加工硬化指数
” “
引張り強さ
”
の4つが、ごちゃまぜ になったものだという事です。
それらを、力の大きさによって使い分ける という点が重要です。
力が、変形を伴わないレベルの場合は “ ヤング率 ” が、その金属の “ 硬さ ” です。
変形し始めるのは“降伏点”なので、構造設計時に重要な “ 硬さ ” は“ ヤング率 ” と “ 降伏点 ” です。
加工屋さんにとっては “ 加工硬化指数 ”と“ 引張り強さ ”が重要になるでしょう。
力が、変形を伴わないレベルの力学を
材料力学
と言います。
変形を伴うレベルでは、
塑性力学
と言います。
材料力学は直線(正比例)の世界で、
3次元の
幾何学
(
微分積分
)を理解できる方には簡単な内容です。
しかし、塑性力学となると、直線ではなく曲線の世界となり、
大学院レベルの数学力 が必要となります。
ものづくりの現場では、高度な職場は別として、
材料力学を、どの程度使いこなす事が出来るかが、勝負の分かれ目となっています。
ネットを見回しても、力学関連のページは難しい表現ばかりが目につきます。
このページが、そういった点で優れているとは決して思いませんが、
もう少し軟らかく説明しないと、素人に拒絶反応を示されるばかりではないかと筆者は常々思っています。
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